君津市在住 70代男性 震災体験談(震災発生翌日~現在)

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35.33045, 139.902677
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35.33045
Longitude
139.902677
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35.33045,139.902677
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浦安市
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浦安市
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Japanese
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Japanese Title
君津市在住 70代男性 震災体験談(震災発生翌日~現在)
Japanese Description
●はじめて見た浦安の被害:娘の旦那は東京に勤めているんですけど、旦那はしばらく都内の実家に行ってました。学校も休校になっていましたから、娘と孫を君津に連れてきました。度々、車で娘の家に行って片付けなんかをしたり、孫の学校の様子を見に行ったりしてね。学校には仮設トイレが建っていまして、街中のあちこちで道路がひび割れていて「ああ、浦安はこんな状況だったのか」と初めて自分の目で見てそう思いましたし、つくづく地震の恐ろしさを感じました。車で君津から向かうと、元町にまず入るんですよね。その辺りは何でもなくて、新浦安の方だけが被害が出ていて。浦安の70%だか80%ぐらいの土地で被害が出たと後で聞きましたが、そんなもんだったかなとは思いますね。●乾電池やガソリン不足で不便を感じた:君津は水や食料が不足するということはありませんでしたが、計画停電が始まったときには乾電池がスーパーから無くなりましたよね。静岡の兄や板橋の次女に頼んで、乾電池をたくさん確保しました。あとガソリンですね。車移動が多かったものですから給油制限があったりして不便でしたよ。●その後、浦安に移住した:娘たちは結局ライフラインが直ってから自宅に戻りました。あの震災のあと、娘が浦安の家を探してくれてね、2011年の10月に浦安に移り住みました。何かあったときに孫をこちらで面倒見られるのは娘にとっても助かるわけだし、我々も孫の顔をすぐに見られるのは嬉しいですし。あれ以来、防災リュックを備えています。女房と私の分をふたつね。懐中電灯、携帯ラジオ、水やカンパンとか、重要な書類とかを入れて。もしまた何か起きたときに、年寄りだからと周りに迷惑をかけたくないですしね。
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コンテンツ番号 : UT00000042
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