浦安市弁天在住 60代女性 震災体験談(震災当日の出来事)

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浦安市
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Japanese
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Japanese Title
浦安市弁天在住 60代女性 震災体験談(震災当日の出来事)
Japanese Description
●中学校で勤務中に地震発生。生徒を誘導して校庭へ:震災当時は図書館の司書をしており、中学校の図書室にいました。本棚は壁に取り付けてあるのでよかったのですが、書庫はスチール棚を置いてあるだけの状態だったため本が崩れ落ち、床に散乱してしまいました。本を乗り越えてどうにか脱出したのですが、放課後であっても校内にはまだ多くの生徒たちが居残っている状況でした。女生徒たちは恐ろしさでキャーキャー叫んでいますし、なかには過呼吸になってしまう子もいました。図書室の前に広いスペースがありましたので、とりあえず大きな揺れが収まるまでそこにしゃがみこんでいましたが、すぐに生徒たちの元へと走っていきました。生徒たちを誘導して昇降口前庭へ出ました。校庭は泥水が噴き出して、まるで海のようになっていました。液状化を避けるようにして、学年ごと全員外に避難しました。そのうち「津波が来るかもしれない」とひとりの教師が言い出し、今度は全員を屋上に避難させることにしました。しばらく待機していると、今度は周囲のマンションの住民たちが次々と学校へ押し寄せてきました。皆、泥だらけになって、なかには犬を連れてくる人もいます。もちろん避難場所になっているからなのですが、瞬く間に大勢が校内に入ってきて、その対応にも必死でした。●夜まで生徒や住民の安全確保と対応に追われる:断水してしまったので、トイレをどうするかということも悩みの種でした。女性教師がプールの水が使えると言い出し、職員も生徒も一丸となってバケツリレーして汲みだしたのを思い出します。実はそのとき、産まれたばかりの子を抱えた長女が家にいまして、学校の仕事に追われながらも、娘と孫のことがかなり心配でした。少し落ち着いてからやっと連絡が取れ、とりあえずは安否を確認。「今日は遅くまで帰られそうにない」と伝え、また仕事へと戻りました。結局、その日は生徒と住民たちの対応に追われ、一段落したのが9時頃でした。私は娘と孫のことがあったので、そのまま帰らせていただきましたが、職員のほとんどはそのまま2、3日泊まり込みで対応にあたったと聞いています。●家で待っていた家族と一緒に次女が住む松戸へ避難:勤務校から自宅まで、通常であれば歩いて40分ほどの距離を2時間かけて帰りました。液状化がひどく、歩道のどこが割れているかさえもわかりません。歩ける道を探り出すようにして、転ばないように慎重にゆっくり歩いて行きました。ちょうどその日、松戸に住む次女が、産まれたばかりの子供を見ようと自分の子供を連れて浦安の自宅まで遊びにきていました。松戸であればライフラインが大丈夫だから、ということで、夜の11時頃、家族全員で車に乗り込み、次女が住む松戸へと避難しました。
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