Translation Approval
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Media Type
Layer Type
Archive
Urayasu Disaster Archive
Geolocation
35.648457, 139.92398
Latitude
35.648457
Longitude
139.92398
Location
35.648457,139.92398
Media Creator Username
浦安市
Media Creator Realname
浦安市
Frequency
Archive Once
Scope
One Page
Internet Archive Status
Not Submitted
Language
Japanese
Media Date Create
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Japanese Title
浦安市日の出在住 70代男性 震災体験談(震災発生翌日~現在)
Japanese Description
●街が土埃で覆われ、マスクは不可欠:電気・ガスは大丈夫だったのですが、水道が2週間ほど止まりました。なので、給水車が来ていた近くの小学校に水をもらいに行きました。30分から1時間ほど並ぶのですが、待っている間に液状化で出た泥を運ぶトラックが何台も通るんです。横を通るたび土埃がひどく、マスクなしではとても並べるような状況ではなかったです。また、数カ月ほどの間は、街を歩いたり、自転車で移動する時も、液状化で出た泥が乾いて舞い上がるためマスクが必要でした。震災後、数日たって近所のイトーヨーカドーに行ったんですが、食べ物がいつもより少なめな感じでした。カップラーメンは1人3個までと制限がかかっていたのも印象的でした。●震災がマンションへ与えた影響:水道と同じく、下水もダメになっていたので、トイレと風呂が使えなくて困りました。トイレの水は目の前の中学校のプールから水をもらってきて、それを使い流していました。しかし、うちの周りは集合住宅が多く人も多いので、プールの水は2、3日にでなくなってしまいました。風呂は1週間ほどホテルの風呂や銭湯に通う人もいました。1週間ほど経つとマンションについている大浴場が再開し、そこに入れたので助かりました。大浴場は週6日(2日再利用で3日入れ替え)ですが、全マンションの湯船の量の3~4割が節水になることも判明しました。あと台所に生ごみ処理のディスポーザーがついているのですが、やはり下水とのつなぎ目がダメになってしまっていたため、6カ月程は使えず妻が不便だと漏らしていました。マンション自体は大きな被害はなかったのですが、渡り廊下と建物の継ぎ目など、弱い部分に亀裂が入っていました。細かい部分をすべて直すのに2年ほどかかりました。●浦安の被害を目の当たりにした:所属してるNPOの関係もあり、浦安の被害の全容が気になりました。そこで地震から2、3日後してから浦安市内を自転車で回りました。道も悪く、土埃もひどかったですが、いろんなところを見て回りました。最初にマンション近くの海際の階段護岸を見に行きました。すると下段の方が壊れていました。ここは1年半ほど補修されることなく放置されていました。そのせいで最初は最下段の10~20mの破損だけだったのが、しばらくすると階段護岸の上の方まで崩落してしまいました。あと被害で有名なのは、モニュメントとなった高洲のマンホールです。しかしあれだけではなく、浦安市内でも新しい埋立地の方では30~50cmほど飛び出たマンホールが100程度はありました。しかも大体が歩道にあったため、歩くのも、自転車で行くのも大変です。本当に道が悪くて、震災後2年の間に自転車を2台買い換えなければなりませんでした。
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コンテンツ番号 : UT00000096
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http://urayasu-shinsai-archive.city.urayasu.lg.jp/item/?id=M2015062513103028016
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