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Media Type
Layer Type
Archive
Urayasu Disaster Archive
Geolocation
35.652464, 139.909439
Latitude
35.652464
Longitude
139.909439
Location
35.652464,139.909439
Media Creator Username
浦安市
Media Creator Realname
浦安市
Frequency
Archive Once
Scope
One Page
Internet Archive Status
Not Submitted
Language
Japanese
Media Date Create
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Japanese Title
浦安市美浜在住 60代女性 震災体験談(震災当日の出来事)
Japanese Description
●地震発生!すぐに作業台の下に避難した:震災の当時は中央図書館で働いていました。あの年の3月いっぱいで退職する予定だったんですよ。1階の中央カウンター裏の部屋で仕事をしている時に揺れだして、すぐに大きな作業台の下にもぐりました。若い女の子たちに「頭を下に突っ込んで!」って声をかけたのを覚えています。泣いている子もいましたよ。そのうち、天井まである高い棚からいろんな物がバサバサ落ちてきてね。これは怖かったですよ。あの場にいたみんなテーブルの下にじっとして、揺れが収まるのを祈っていました。地震が収まってから家族に連絡しようにも携帯電話が使えない。館内の公衆電話がつながるから、小さいお子さんのいる職員は電話をしていました。うちの子どもはもう社会人だったので、「ああ、今日は帰れないかもね」って思っていました。●帰り道、液状化した街を見ていた:夕方の5時には図書館を閉館することになり、同じ美浜の方たちと自転車で帰りました。3月ですから5時過ぎはもううっすら暗くなっています。そうしたら道の真ん中が盛り上がっているように見えて、あんまり怖いから自転車を降りて歩きました。美浜南小の角を曲がったあたりですかね。点字ブロックがはまっている部分から30cmくらいは段差があって、「これは相当な地震だったんだな」と思いました。あと地面が濡れている感じがしていましたね。暗いからよく見えないけど、雨が降ったあとみたいにアスファルトが黒っぽく見えて。●余震におびえながら過ごした夜:マンションに着くと、ご近所さんからエレベーターが止まっていると聞きました。階段で5階まであがって玄関を入ると、さほど被害はありませんでした。それから家族に連絡をとりました。主人は名古屋に赴任中でしたので、とりあえず無事を伝えました。3人の子どもにはメールを送りました。東陽町で働いていた長女は9時くらいに歩いて帰ってきました。浦安駅あたりは何でもなくて、クローバーのところを越えたら被災地になっていたと言ってました。神田の三女には「会社に泊まりなさい」って言いました。本人もそうしたかったようで、すぐにコンビニで食べる物を買ったとか。南行徳に住んでいた次女はたまたま浦安にいて、6時か7時くらいにうちに来ました。水道は止まっていました。飲料水は2Lのペットボトルが6本ありましたし、電気も大丈夫だったからポットでお湯を沸かすくらいはできます。しょっちゅう余震があったから、その日は一歩も外に出ませんでした。その晩はあまり寝付けなかったですよね。
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コンテンツ番号 : UT00000125
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http://urayasu-shinsai-archive.city.urayasu.lg.jp/item/?id=M2015062513105228045
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