Translation Approval
Off
Media Type
Layer Type
Archive
Urayasu Disaster Archive
Geolocation
35.63783, 139.913475
Latitude
35.63783
Longitude
139.913475
Location
35.63783,139.913475
Media Creator Username
浦安市
Media Creator Realname
浦安市
Frequency
Archive Once
Scope
One Page
Internet Archive Status
Not Submitted
Language
Japanese
Media Date Create
Retweet
Off
Japanese Title
浦安市高洲在住 60代女性 震災体験談(震災発生翌日~現在)
Japanese Description
●ライフラインの復旧まで:私の家は、ライフライン3つとも全滅でした。電気・ガスは1週間ぐらいで復旧し、水道は2~3週間で復旧したと思います。でも下水は復旧に1カ月ほどかかり、これが一番困りました。水道が出るようになっても、流すことはできないので洗濯や風呂、トイレは使用できません。仮設トイレも設置されたのですが、夜は怖いですしできるだけ使いたくありませんでした。毎回、元町のスーパーまでトイレを借りに行かなければならずとても大変でした。お風呂も使えないので、元町の銭湯に通いました。この時は、営業を止めていた銭湯も営業を再開していただいていたのでとても助かりました。しかし飲み水に関しては、九州の友人などが水をどんどん宅急便で送ってくれたおかげで、給水車のお世話になることはありませんでした。●地震の後の困った影響:いくつかあるなかで一番困ったのは、ガソリンでした。車移動が多いのでガソリンは必須なのですが、地震後浦安では1人10Lの制限がかかり、満足に給油できませんでした。しかも給油するのにとても長い列ができ、最高で3時間ほども待たなければなりませんでした。必死で並んだのに10Lでは足りませんので、行徳の方まで給油しに行き30Lほどいれました。またマンションの駐車場も液状化の影響で亀裂が入ったところや、泥水が噴き出したところがありましたので、修理をしなければなりませんでした。歩道や道路がガタガタでとても歩きにくく、娘もベビーカーを押すのが大変だったと言っていました。●娘の出産:母の施設に先に行っていた娘は、実は出産間際の妊婦で、予定日が地震のすぐ後だったんです。出産を予定していた病院も出産時間が計画停電に当たるかもしれないと、先生方が発電機を準備したりして大変な様子でした。余震が起こる中で心配だったのですが、地震の3日後の14日に無事出産することができました。でも、それからがまた大変でした。当時は原発の話があったので、娘は退院して2日後に京都の友人を頼り避難したんです。それから付き添いで京都に行ったり、洋服などを運んだりと千葉と京都を何度か往復していました。このような生活をする中で、ひとつだけ後悔していることがあります。施設に入所していた母は地震のあった年の7月に亡くなったのですが、新しく生まれてきた孫に皆がかかりきりになってしまい、あまり気にしてあげられなかったんです。そのことだけは今も本当に心残りです。
ID at Source
コンテンツ番号 : UT00000028
Flagged for Internet Archive
Off
URI
http://urayasu-shinsai-archive.city.urayasu.lg.jp/item/?id=M2015062513093727948
Attribution URI
http://urayasu-shinsai-archive.city.urayasu.lg.jp/item/?id=M2015062513093727948
Thumbnail URL
http://urayasu-shinsai-archive.city.urayasu.lg.jp/infolib/cont/mst/G0000002UR/000/064/000064949_ls.jpg