有休をもらい、実家のある石巻へ帰省

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有休をもらい、実家のある石巻へ帰省し、昼食を取り、午後2時すぎに家を出て、仙台へ戻るべく、仙石線石巻駅に着き、出発を待っていた電車の中で、地震に遭いました。
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須藤 扶美子
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Japanese
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有休をもらい、実家のある石巻へ帰省
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有休をもらい、実家のある石巻へ帰省し、昼食を取り、午後2時すぎに家を出て、仙台へ戻るべく、仙石線石巻駅に着き、出発を待っていた電車の中で、地震に遭いました。停電等もあり、駅員から駅から出るよう指示があり、実家まで約5キロの道を、急いで走り戻りました。地震の大きさも、ましてや津波が来ることなど、夢にも思わず・・。途中通ったその道は、津波が襲ってきたことを、仙台に戻ってから知ることになります。 実家から、歩いて5分ほどのところにある、「松並公園」の前を通ったとき、そこで初めて、「大津波警報が発令、高台へ避難してください」との、防災無線を聞きます。 実家へ着くと、植木鉢などを拾っていた両親がおり、「津波が来るってよ」と言っても「こんなごころまでは、来ないから大丈夫だ」と、父は取り合わず、ひとまず、二階に行き、海を見てみようと、上がってみると、すでに波は、家の前の道路1mほどの高さになって、押し寄せてきていました。 大声で両親を二階に呼び、最後に上がってきた母のすぐ後ろ、階段の踊場まで波が来ました。 あっという間に水かさは増し、隣家は流され、ひっくり返った他人の車や、折れた電柱などが、家の庭に入り込み、とても現実とは思えない、映画を見せられているかのようで、生きた心地はしませんでした。 朝方まで続く余震と、大きなうなり声をあげる地鳴り、4度も5度も襲ってきた津波に、二階にあった布団を何枚も頭から被っても、寒さと恐怖で震えが止まりませんでした。 窓の外、遠くに、火柱や黒煙が見えましたが、サイレンの音一つ聞こえませんでした。 あとは、避難所へ行き遅れた、全部で四家族7人で、泥と重油まみれになった食料を拾い集めて3日間を過ごし、仙台から一緒にいた近所の両親を捜しにきた、息子さんの車に乗せてもらい、4日目夜に仙台に戻ることができました。 仙台の家に着いたのは、3月14日19時半過ぎのことです。
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