K.Bさん(70歳代)

K.Bさん(70歳代)

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Testimonial
Geolocation
38.434332, 141.3028682
Location(text)
宮城県石巻市
Latitude
38.434332
Longitude
141.3028682
Location
38.434332,141.3028682
Media Creator Username
SS
Media Creator Realname
千葉直美
Scope
One Page
Language
Japanese
To
From
Place of Residence
宮城県石巻市
Occupation
理容師
Media Date Create
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Japanese Title
K.Bさん(70歳代)
Japanese Description

小さな理容室にて ~過去はもどってこない~ 古い小さな理容室のドアを開けた。大きな道に面しているが、歩いていてもうっかりすると通りすぎてしまいそうになる、目立たないお店。私がドアを開けると、細くて背の低い女性が、いつものように笑顔で迎えてくれた。お化粧をしっかりしている。指された椅子に座る。今日は、ヘアカットと顔そり、マッサージをしに来た。 「差支えない範囲で、東日本大震災の経験や、この10年間のことをお話していただけませんか。」 「そんなに、話すこともないけどねぇ。」と言って、私の肩にタオルを巻き、髪をとかす。 「私はもうすぐ80歳。20歳で理容師になって、自分の店を持って50年、あっという間にここまできたわねぇ。無我夢中で生きてきました。あの日、お店にいて、大きな揺れに驚いて外に出ました。車で20分の家に帰り、2~3日後に店に戻ってみたら、津波の黒い泥が50センチも店の床に入っていたの。」 椅子の半分の高さを指さし、津波が来た痕を見せてくれた。

「電動の椅子がダメになってしまった。」 「お店をやめようとは考えませんでしたか。」 「まったくそんなこと思わなかったわねぇ。早くお店を始めたくて、2か月後には再開しました。私の父が、理容師になることを勧めてくれました。男も女も関係なく手に職をつけなきゃだめだといって、理容学校に入れてくれました。1年間、仙台まで電車で通いました。子供の時から、なんとなく理容師になるものだと思っていました。高齢でお店に来られないお客様の自宅や施設に出張して、髪を切ったり顔を剃ったりもしています。自分で車を運転して行くんですよ。予約がけっこう入っています。震災で石巻を離れたお客様も、わざわざ遠くからきてくれて、ありがたいです。」 「あの10年前の震災を思い出すことはありますか。」 「あんまりないわ。毎日忙しいから。過去のことは過去のこと。親せきや知人が自宅に避難してきたので、ストーブで煮炊きをしたり、外に並んで食料も買ったけど、寒くて立っていられなかったことは覚えている。起こったことは、どうしようもないの。起きたことを考えても、もうしかたないんだから。これから、どうするかが大切だと思うよ。今、何ができるか。もう、過去は戻ってこないんだから。」 「そうなんですか。」 「一緒に住んでいる高校生の孫を学校に送っていったり、みんなの食事も作らなくちゃいけないから、お店の帰りに5人分の買い物もします。朝7時には家を出て、店に来ますよ。」 「大変ですねぇ。」 「ん・・大変だって思ったことはなくって、やらなくちゃと思っているからやるだけ。」 私は、床に置いてある小さな植木鉢の植物を見下ろした。 「お子さんは?」と初めて彼女から私に質問が向けられた。 「いません。」 それ以上、彼女は私には何も聞かない。 あらためて店内を眺める。黒のマジックで手書きされて、柱に貼ってある料金表。日焼けして紙が茶色になって、角がヒラヒラしている。整髪剤の瓶やスプレーの缶が、なんとなく古い。80歳とは思えないカラフルなズボンと靴下をはいている彼女。長い髪はきれいなパーマがかかって薄いブラウンに染めている。 この話を聞いている最中、震度5の地震があり、二人で外に出た。私は顔を剃ってもらっている最中だったので、顔の半分に泡がついている。店に入ってきた時からずっとついているテレビで速報が流れ、ここ石巻や東北沿岸に津波の心配がないとことだ。 「夫はガンで一年の闘病生活の後、20年前に亡くなりました。いろいろ支えてくれましたよ。病院に入院して、もうあまり食べられなくなったころ、私は店の仕事が終わったら、夫が好きだったごはんを作って持っていきました。」 「女性の自立というテーマに、関心ありますか?」 「あまり関心ないの、お店でこうして一人で働いて自分でお金を稼いで、人に気もつかわず自由に好きなように生きている気がする。国会とかで、女性議員が少ないとかなんとか言っているけど、私自身では女性として不平等とか感じたことがないの。」 「何か未来の女性達にメッセージはありませんか?」 「趣味は大事ね。私は日本舞踊をずっとやっています。足腰がまだ丈夫だから、動けるし、楽しいです。前は、自分でもちょっと生徒さん達に教えていたの。」 「将来の夢は何ですか?」 「夢ねぇ?」しばし考えている。 「まずは健康に気をつけることね。まずは自分がしっかりとしていなくちゃ。歯も丈夫。入れ歯は一本もないの。塩で歯茎をきたえているから。じっと考えてばかりいる時間が多いと、あまりいい事はない。忙しくしていた方がいい。車で通っているけど、あと2年後に免許の更新するまで目や耳が大丈夫か、それだけが気がかり。だって高校生の孫の送り迎えをしたいから。」 髪もさっぱりと切ってもらってお礼を言うと 「お似合いよ!」と満面の笑顔が返ってきた。 以上

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