R・Aさん(70代)
美容室にて 夢を実現して
数日前に予約をして初めてのお店に入った。自宅の一角を美容室とした家屋である。庭に花が咲き乱れ夏のまぶしい光を浴びている。誰かの自宅を訪れるような感覚。ドアから顔を出した優しそうな女性。
こじんまりした店内は、窓が大きく外の光がいっぱい差し込む清潔感が漂う。植物がたくさん置かれている。
「髪を伸ばしたいので、毛先をそろえる程度に切ってください。」と告げる自分。
「はい。」と笑顔で答える女性に、なぜか安心して任せられるような気がした。
「ここへ引っ越してきて、もうすぐ10年になります。あの津波で店が流されて、何もなくなったんですけど、すぐに、この土地が見つかり再開できました。」
私は初対面ということもあり、震災については触れないようにしようと思っていたのだか、彼女の方から話し始めた。
「あの日は、別の場所にいて、すぐに高い所にあるお寺に避難しました。近くの水産会社から牡蠣を分けていただいて、外でみんなで焼いて食べたことを覚えています。寒かったですねぇ。3日後に店に戻ると、跡形もなく流されていて土台だけが、わずかに残っていました。それから大型スーパーに避難して、食べ物を分けてもらったので助かりました。そして親せきの家にもお世話になりました。」
シャキシャキと私の髪を切っていく。なぜか初めて会ったとは思えない親しみを覚える。
「お店は、もうやめようかと正直思いました。もうやらなくても、いいかなぁって。でもお客さん達が、もう一回やってちょうだいって言うので、この別の場所で再開したんです。そのお客さん達がやってきて支えてくれ、あきらめなくてよかったと思います。」
「美容師になろうと子供の時から考えていたのですか?」
「そうなの、子供の時から髪を触るのが好きで、美容師になろうって決めていたんです。それ以外、考えられなかったですね。」
「夢が実現できて、よかったですね。」
「そうですねぇ。仕事が楽しいもの。」
ふと彼女は手を止めて、前髪はこの長さでいいのかと私に問う。
「いつまで、震災をひきずっているの?って言う人もいるけど、あの出来事を忘れることはできませんよね。ずっと胸に刻まれていると思う。」
「また来てください。」と言う美容師さん。会計を済ませてお店を後にする時、まるで知人の家から帰るようだった。
以上