思い出も流されたけど…やっぱり海

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チリ津波のときも浸水して。まあその教訓が生かされるかどうかだったんですけどね。やっぱ年数経てば、みんな下がってきますもんね。
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Tokyo Foudation
Geolocation
39.3698337, 141.9411843
Location(text)
岩手県大槌町吉里吉里地区
Latitude
39.3698337
Longitude
141.9411843
Location
39.3698337,141.9411843
Media Creator Username
Interviewee: 田中和成さん, Interviewer: 簑原茜
Language
Japanese
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Japanese Title
思い出も流されたけど…やっぱり海
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先祖代々、吉里吉里人

田中和成(たなかかずなり)です。先祖代々、ずっと吉里吉里ですね。吉里吉里保育園、吉里吉里小、吉里吉里中で、高校は釜石です。

小さいころは、じいさんが養殖とかしてたんで、海の仕事とか手伝ったりしてました。この地域で最初に養殖した人じゃなかったかな。ホタテとかワカメとかホヤとか。県外に行って種もらってきたりしてました。父さんは船乗りです。貨物船とか。自分は船酔いするんで(笑)。

去年結婚して、震災のときは大槌のアパートだったんですけど、全壊なので、今は吉里吉里の実家です。実家は両親と兄がいるんですが、自分は親戚も被災しなかったもんで、そっちで避難生活をしています。

やっぱり故郷がいい

吉里吉里で育って、大学は横浜にある日体大に行きました。大学では800とか400とか、陸上をやってました。

教員採用試験を受けようと思ってこっち帰ってきたんですけど、消防署職員も募集がかかって。体育大学出てたので、体動かすことがいいなと思って。

横浜のほうで就職したいとは思わなかったですね。海とか、自然のほうがいいなと思って。大学のときも、休みのときとか結構こっちに来てましたよ。地元のほうがいいなと思って。思わないですか(笑)? こっちの人は、仙台とか東京に1回出て帰ってくるような感じです。

1学年は56人で、こっちにいるのは何人くらいだろう・・・20人ぐらいじゃないですかね。みんな町外に出て行ってるから。吉里吉里にいるのは、同級生では何人もいないですね。

消防署員として

25で採用になったから、今年で勤続10年です。やりがいはありますね。釜石と大槌が一緒の消防で、今は釜石なんですけど、大槌消防署には去年まで6年くらいいました。

24時間泊まって、休んで、また24時間。署員は30人くらいですね。今は落ち着いて、もう捜索とかはしてないんで、救急と火災の普通業務です。津波のあとは6月ぐらいまで捜索とか、自衛隊の人と一緒に活動してましたけど、今は警察だけですね。

九死に一生

地震が起こった日は、非番だったんです。アパートにいたんですけど消防署に行きました。停電して情報がない状況で、放送も停電しちゃったんで自主避難って感じでした。避難してくださいね、って広報の車両は回ってたんですけど、町内に高いところがなくて。でも堤防もあるし、まさか来ると思わなかったですね。5、6メーターあるのかな、堤防は。

消防署は中心地にあったんで、津波のときは3階まで被りましたね、12、3メーター。川の水が溢れそうなときにちょうど上さ上がったんですけど、上がって同時でした。一緒に上るときに2人亡くなりました。間に合わなかったんです、屋上に上がるまでに。夜も雪降ってたし、一晩屋上で過ごして、次の朝になって水が引きました。次の日の午後かな、自衛隊のヘリで救助されて。もう死ぬと思いましたけどね。町内の社会福祉協議会で働いてる嫁の安否も分かりませんでした。携帯もつながらなくて、ヘリコプターで救助されて、そこで会ったんです。嫁も福祉の仕事なんで、そのままそこの避難所とかにいたようなんですけど。

実家に帰ったのが10日ぶりかな。車も流されたし。店がなかったんで、物資が頼りな面はありましたね。電気も通んないし、ろうそくでしたね、1か月ぐらい。真っ暗でした。

思い出も流されて…

何出てきただろう…ないですね、流されたんで。建物はあったんですけど、全部水かぶってしまって、あとはがれきが入ってきたり、引き波で持ってかれたりしたんで。写真くらいかな、あったのは。全部出して洗ったりして。結婚指輪が…、婚約指輪も全部流されてしまって、結婚式のDVDとかも…。思い出が消えたのが痛いですけどね。

落ち着いてきましたよ。たまには眠れない時もありますけど。被災の直後とか、眠れなかったりするのも正常らしいですけどね。全国から消防の応援がきて、東京からも東京消防庁の人たち来てたんで、この前カウンセリングをしてもらいました。うちがあったからまだいいのかなって。実家があるから。こういうふうに避難生活してる人たちは精神的にも大変でしょうから。現実として受け止めるしかないんで。どうしようもないですからね。

仮設住宅は大槌の山のほうに決まりました。自分たちは結構待ちましたね。できた順から抽選で。説明会が7月にあって、鍵もらってるんでもう入れるんです。

住めるもんなら内陸に住みますけどね。仕事が仕事なんで。遠野とか、通勤で1時間通っても住みたいですね。自分の子供とかね、またこういう災害食らうと…。仮設は一応2年って言われてますけど、どこに住むかは復興計画次第じゃないですか。うちを建てる土地もないから、早く復興してもらわないと。

山を越えると別世界

大槌と吉里吉里は同じ町内だけど、そこの山越えれば別の集落って感じなんでしょうね。特殊な地域ですね。孤立してるっていうか、そこで1個できてるっていうか。よそから見れば変に思われてるでしょうけど。まとまりありすぎるというか、そこの山越えるだけなんですけどね(笑)。

何なんでしょうね、やっぱ親戚とかじゃないですか、昔からのつながりとか血縁関係とか。お祭りとかもそうですし。

大槌では、自分たちみたいに若い夫婦だと、町内会は入ってるけど、活動的なものには参加しないですね。吉里吉里は、半強制です(笑)。

嫁は盛岡で、内陸の人なんです。たまたま消防の研修に行ってる時に知り合ったんですけど、津波も分かんないで経験したので大変だったと思いますよ。ここから2時間、3時間かかるところだから。別な世界ですからね、海と山ですから。

でも話を聞けば、ここの地区はまとまりがあったんですかね。大槌のほうでは自衛隊が頼りだったんですけど、こっちのほうは自営業者の人たちが自分のできる範囲でもうやってましたからね。自分たちでできることは自分たちで。

吉里吉里の今昔

ここはあんまり変わんないような感じするけどな。昔に比べれば若い人は減ってるんじゃないですか、子供も減ってるし。俺たちのときはまだ2クラスあったんですけど、今1クラスしかないと思うんで。

自分が小さいころは、海は結構行ってましたよ、潜ったり。昔はここ自然がいっぱいあって、まだ開発されてなかったんです。リゾートで開発されて、人が来て、いいといえばよかったですけどね。

祭りは8月なんですけど、今年はあるかどうか分かんないですね。鹿子踊り(ししおどり)なんですけど、今も参加してますよ。郷土芸能なんで。子供にもやらせたいですけどね。ずっと受け継がれるもんなんで。

吉里吉里も昭和のときはここらへんまで津波来てるんで、みんな上に上がって開拓したんですけどまた下がってきて…。実家の古いうちのほうは、じいさん、ばあさんのころはもっと下のほうにあったんですけど、20年前くらいに今のところに移ったんです。前回の津波よりも大きかったじゃないですか。今のところに建てたのはよかったですね。

教訓を伝えていく

海は怖いですけど、宿命なんじゃないんですかね、ここに住んでれば。俺もじいさん、ばあさんから津波の話は聞いてましたよ。じいさんは沖に行って、ばあさんも逃げたらしいです。いつか来るって聞いてましたけど、まさか自分がこうなるって思いませんでした。まあ堤防も整備されてますしね。昭和のときも、ここ来てますよ。昔の資料見てても同じとこまで来たって言いますけどね。チリ津波のときも浸水して。まあその教訓が生かされるかどうかだったんですけどね。やっぱ年数経てば、みんな下がってきますもんね。

昨年大津波警報が出て、自分たちが海面を監視してたときも1メーターとかでした。川溢れるくらいとかじゃなくて、波も引いたり来たりは見てましたから。まさかこんな、こんなっていうか、おっきいの来っと思わないんで。まあ油断してたんですね。

子供には、映像があっから。残すしかないなと思って撮ったんです。あとはどう受け継ぐかですよね、教訓を。

復興に向けて

これからどうなるんだかね、復興計画とか。大まかなのが決まんないと。俺も低いとことか住みたくないですもん。次うちとか建てるんだったらやっぱり上のほうですね。

ここはうちは建てないほうがいいと思いますけどね。だって堤防とかあっても越えられることが分かったんだから。海浜公園とかのほうがいいと思います。海がメインですからね。流されてもいいような施設というか、運動場なり、海浜公園なり、箱ものは極力控えて。来ることが分かってますからね。内陸との格差が出ないように、道路の整備とかもね。

養殖にしてもみんな高齢化になってるし、漁業の経営だって会社にしようかとかいってるけど、会社にして、サラリーマンっていうか、悪くないとは思いますけどね。高齢化はしてるけど、ホヤも韓国とかにも需要があるんですって。業者が養殖で採った生のホヤを買い付けに来てました。アワビは、東京とかのほうでは高級食材の、大船渡のほうの吉浜(きっぴん)アワビとか。商品付加価値つけてからね。機械とかも高いですからね。それで収益上がって、個人でやってるよりは負担が軽減されれば。低所得からある程度給料もらって安定するようになれば、若者も来るし。またそこに大企業が入ってくれば別なんですけど。

夢…

元通りにはなんねえからな…なんだろうな。いつもどうなればいいのかって思いますけどね。大槌町も実際人が出て行ってるでしょう。職場がないから。人口1万6千で1,600人が死者・行方不明者なんで、1割、ですね。金銭的にもね、結構お金稼がない人たちもいるじゃないですか。貧困じゃないけどね、被災された人たちは船もないし、養殖のほうもね。そんな大きな工場来るわけでもないですし、魅力的な建物建てたからって、そんな人が来んのかどうかもわかんないですしね。高齢化もしてますし。若者が魅力ある町っていったってね。ただでも来なかったのに、被災してからね。夏は釣りとか海水浴とかでにぎわうんですけどね。どうなんですかね。他から来た人たちが、住みたいって思う街にすっかどうかですよね。なってほしいですけど、全部沿岸はね、被災してるから。

夢? 夢って聞かれるとあれですよね(笑)。うーん。そういうのあんまりないんですよね。まず何にもなくなったから。みんな出て行ったりしたんで。やっぱ海じゃないですか。自然を生かすしかないですよね。景色もきれいですからね、水も透き通って。海を避けるんじゃなくて、海と共存するような…。

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