高校生の頃、このトンネルを通って学校に通っていました。女川町民の多くが、このトンネルを通って町を出て、このトンネルを通って町に帰って来ました。女川を離れて既に30年以上の時が過ぎましたが、このトンネルが私と女川の町を今も繋ぐ原点だと思い「ただいま」と呟きながらシャッターを切りました。トンネルの先に見える町は凄惨なものでしたが、やはり女川は私の唯一無二の故郷だと再認識しました。 Submitted by KahokuShimpo on Sun, 12/06/2020 - 16:12 Read more about 高校生の頃、このトンネルを通って学校に通っていました。女川町民の多くが、このトンネルを通って町を出て、このトンネルを通って町に帰って来ました。女川を離れて既に30年以上の時が過ぎましたが、このトンネルが私と女川の町を今も繋ぐ原点だと思い「ただいま」と呟きながらシャッターを切りました。トンネルの先に見える町は凄惨なものでしたが、やはり女川は私の唯一無二の故郷だと再認識しました。
義父母の仮設住宅入居の準備のため女川入りしました。震災から3ヶ月が経過した時点でも町は写真のような状態の場所が至る所にありました。トンネルの上に写っている家屋は、どこからか流されてきた民家の二階部分です。 Submitted by KahokuShimpo on Sun, 12/06/2020 - 16:12 Read more about 義父母の仮設住宅入居の準備のため女川入りしました。震災から3ヶ月が経過した時点でも町は写真のような状態の場所が至る所にありました。トンネルの上に写っている家屋は、どこからか流されてきた民家の二階部分です。