震災写真 山元町で撮影 一面のがれき Submitted by KahokuShimpo on Sun, 12/06/2020 - 16:12 Read more about 震災写真 山元町で撮影 一面のがれき
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高校生の頃、このトンネルを通って学校に通っていました。女川町民の多くが、このトンネルを通って町を出て、このトンネルを通って町に帰って来ました。女川を離れて既に30年以上の時が過ぎましたが、このトンネルが私と女川の町を今も繋ぐ原点だと思い「ただいま」と呟きながらシャッターを切りました。トンネルの先に見える町は凄惨なものでしたが、やはり女川は私の唯一無二の故郷だと再認識しました。 Submitted by KahokuShimpo on Sun, 12/06/2020 - 16:12 Read more about 高校生の頃、このトンネルを通って学校に通っていました。女川町民の多くが、このトンネルを通って町を出て、このトンネルを通って町に帰って来ました。女川を離れて既に30年以上の時が過ぎましたが、このトンネルが私と女川の町を今も繋ぐ原点だと思い「ただいま」と呟きながらシャッターを切りました。トンネルの先に見える町は凄惨なものでしたが、やはり女川は私の唯一無二の故郷だと再認識しました。
義父母の仮設住宅入居の準備のため女川入りしました。震災から3ヶ月が経過した時点でも町は写真のような状態の場所が至る所にありました。トンネルの上に写っている家屋は、どこからか流されてきた民家の二階部分です。 Submitted by KahokuShimpo on Sun, 12/06/2020 - 16:12 Read more about 義父母の仮設住宅入居の準備のため女川入りしました。震災から3ヶ月が経過した時点でも町は写真のような状態の場所が至る所にありました。トンネルの上に写っている家屋は、どこからか流されてきた民家の二階部分です。
義父母の仮設住宅入居の準備のため女川入りしました。海岸線を歩きながら撮影しましたが、車止めを固定していた太さ2cmほどもある鉄のボルトが全て海側に曲がっていることに気付きシャッターを切りました。改めて津波の威力を思い知らされました。 Submitted by KahokuShimpo on Sun, 12/06/2020 - 16:12 Read more about 義父母の仮設住宅入居の準備のため女川入りしました。海岸線を歩きながら撮影しましたが、車止めを固定していた太さ2cmほどもある鉄のボルトが全て海側に曲がっていることに気付きシャッターを切りました。改めて津波の威力を思い知らされました。
3月15日、安否確認が取れない義父母を探しに震災後、初めて女川に入りました。写真はJR女川駅前の国道です。国道を塞いでいるのは40~50mほど海側にあった女川ビルの半分です。もう半分は更に内陸の公民館付近まで流されていました。 Submitted by KahokuShimpo on Sun, 12/06/2020 - 16:12 Read more about 3月15日、安否確認が取れない義父母を探しに震災後、初めて女川に入りました。写真はJR女川駅前の国道です。国道を塞いでいるのは40~50mほど海側にあった女川ビルの半分です。もう半分は更に内陸の公民館付近まで流されていました。
3月15日、安否確認が取れない義父母を探しに震災後、初めて女川に入りました。写真は当時の町立病院からJR女川駅方面に下ったところです。標高としては4~5mですが、そこに立っている電柱にプロパンのボンベが絡みついています。 Submitted by KahokuShimpo on Sun, 12/06/2020 - 16:12 Read more about 3月15日、安否確認が取れない義父母を探しに震災後、初めて女川に入りました。写真は当時の町立病院からJR女川駅方面に下ったところです。標高としては4~5mですが、そこに立っている電柱にプロパンのボンベが絡みついています。
3月15日、安否確認が取れない義父母を探しに震災後、初めて女川に入りました。写真は私が育った鷲神です。高台に建っている家を除き、国道沿いの平地に建っている家は一軒もありません。子供の頃、遊びまわっていた地域の面影は一切ありませんでした。救いは幸運にも義父母が無事だったことです。 Submitted by KahokuShimpo on Sun, 12/06/2020 - 16:12 Read more about 3月15日、安否確認が取れない義父母を探しに震災後、初めて女川に入りました。写真は私が育った鷲神です。高台に建っている家を除き、国道沿いの平地に建っている家は一軒もありません。子供の頃、遊びまわっていた地域の面影は一切ありませんでした。救いは幸運にも義父母が無事だったことです。
土台だけになった妹の家…ここが玄関だった…半年過ぎてやっと現場に行きたいといった90歳の姉 Submitted by KahokuShimpo on Sun, 12/06/2020 - 16:12 Read more about 土台だけになった妹の家…ここが玄関だった…半年過ぎてやっと現場に行きたいといった90歳の姉